第12回(1996)京都賞受賞者
先端技術部門 本年度授賞対象分野:情報科学
ドナルド・アーヴィン・クヌース博士
(アメリカ)
Dr. Donald Ervin Knuth
現在は情報科学の発達による情報革命の時代といわれているが、博士はこの
分野でバイブル的な存在として、世界中で教育に使用されている『The
Art of Computer
Programing』を著作して、アルゴリズムを集大成し、ソフトウェア科学を広く
普及せしめた。またプログラミング言語の設計、解析法等に重要な成果をあげる
とともに、文書整形システムTEXおよび文字フォント設計システムMETAFONTを開
発した。これらのシステムは従来の印刷技術を凌駕する品質の印刷出力を可能と
し、電子出版のソフトウェアに技術的基礎を与え、グーテンベルグ以来の大発明
として学術的、社会的にも大きな影響を及ぼした。
このように、博士は今日の情報化社会の到来に大きく寄与した情報科学分野
におけるなさに巨人というべき存在である。
基礎科学部門 本年度授賞対象分野:生命科学(分子生物学・細胞生物学・
神経生物学)
マリオ・レナト・カペッキ博士(アメリカ)
Dr. Mario Renato Capecchi
生命の研究には、遺伝子の機能に欠損のある変異体を入手して、その振舞を調
べる手法が極めて有効である。博士は、脊椎動物の目標とする遺伝子に任意の変
異を持たせた個体を作り出し、個体の発生や、遺伝病、癌、免疫反応等による病
気の研究、さらには家畜の品種改良等にも無限の可能性を拓いた。この方法はジ
ーンターゲティング法(標的組み換え法)と呼ばれ、今日広く生物学の世界で用
いられている。この方法を用いて、特定の遺伝子の機能を欠いたいわゆるノック
アウトマウスを作り出すことにより、高等生物における遺伝子働きの解明が大い
に進んだ。
今日の生命の研究の多くは、博士の仕事に負っているといっても過言ではな
く、生物学、医学、農学等に計り知れない恩恵を与えている。
精神科学・表現芸術部門 本年度授賞対象分野:哲学・思想
ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン博士(アメリカ)
Dr. Willard Van Orman Quine
博士は当初論理学者として、ウィーン学団の論理実証主義の影響下にあって哲
学を始めたが、そのテーゼに疑いをもつようになり、それまでの伝統的な見解に
対し強烈な異議を提起した。それは論理実証主義の二分法を鋭く否定し、経験論
を批判するとともに、知識は常に言明の集合体として感覚判定を受けるのだとす
る「クワイン=デュエム・テーゼ」を展開した。また「翻訳の不確定性」と呼ば
れるテーゼを提唱し、人間の経験に即したコミュニケーションの重要性を説き、
さらに『自然化された認識論』を著作し「認識論とは何か」という哲学の根幹に
係わる問題に大論争を巻き起こした。
このように、博士は哲学の最も根本的なところにラジカルな問題提起をして
おり、これを抜きにしては現代の哲学状況を理解し得ない程、強い影響を与えて
いる。