学園祭の準備はキスの味……?



「……終わったぁ〜」
 午後9時半。
 教室の中には、さっきまでは出来上がってなかったセットが所せましと並んでいた。
 木に、草、背景の紙を貼り付けるハリボテに、ドアとか、いろいろなものが揃っている。
「ふう〜……やっとおわりました〜」
「終わりましたね」
 ペンキだらけの顔で、そうつぶやく野原さんと田村さん。
「……疲れた」
 トンカチを放り出して、ぼーっとした声でつぶやく黒部さん。
「はぅ〜……」
 僕も疲れて、床にぐだ〜っと突っ伏していた。
 風岡さんは……相変わらず教室の隅っこでぐーぐー寝てるし。
「おつかれさま、みんな」
 ただ一人、坂神さんだけが元気に振る舞っていた。
「あー……おつかれ」
「おつかれさまでした」
「おつかれさまです〜」
「おつかれさま」
 坂神さんの言葉に、口々に返事を返す僕たち。
 もうすっかり疲れてたけど……なんだか、やっとできたんだっていう充実感が、心にあふれていた。
「これで、明日の舞台には間に合ったね」
「あー……なんとかな。
 んじゃ、あたしゃそろそろ帰るとすっか。腹も減ってるし、このボケも連れていかなきゃいけないし」
 そう言って、風岡さんのことをつつく黒部さん。
「風岡さんって、黒部さんの近所に住んでるんだ」
「あー、腐れ縁ってやつな。まったく、なんでこんな奴の近所に生まれたんだか……」
 よろよろと立ち上がって、黒部さんはロッカーにあるカバンを手にした。
「んじゃま、そろそろ行くわ……」
 そして、まだ眠っている風岡さんを引きずりながら教室を出ていった。
「じゃあね〜」
「それでは、私もそろそろ帰ります。先生に言って、家まで送ってもらうことにしますから」
「あ〜、わたしもです〜」
 田村さんと野原さんも、そう言って立ち上がる。
「それじゃあ2人とも、また明日ね」
「はい、また明日」
「ごきげんよう〜」
 ぺこりとおじぎをして、2人も教室を出ていった。
「ふぅ……」
「おつかれさま、雄貴くん」
「あ、おつかれさま」
 坂神さんが、僕の顔を覗き込んでくる。
 ……気付けば、教室の中にいるのは、僕と坂神さんの2人になっていた。
 ちょっと、どきどきする。
「さっきは、本当にありがとう。僕一人だったら、絶対に仕上がらなかったよ……」
「ううん。雄貴くんも、わたしたちのことを心配して言ってくれたんでしょ? だから、嬉しかったし……でも、この班のみんなでやったほうが、やっぱり早く終わると思ったから」
「そっか……」
 坂神さんの微笑みを見て、ちょっとだけ疲れた体がリラックスできたような気がした。
「それに、結構楽しそうだったしね」
「あははっ」
「こういうの、わたしは大好きだったから……みんなと一緒に遊んだり、何かわいわいやったりするのが」
「僕も、こういうのは嫌いじゃないよ」
「雄貴くんが来てから、いろいろ面白いことがあったからね……まさか、転校生に男の子が来るなんて思わなかったけど」
 そう言って、僕のことをじっと見る坂神さん。
「ずーっとこの学校にいて、男の子を見るのって始めてだったし」
「……ずーっと?」
「うん、ずーっと」
「…………」
 ずーっとって……4年間ってこと?
 そのわりには、言い方になんか実感がこもってるけど……
「あー、そっか。雄貴くんは知らないんだっけ」
「えっ?」
 突然、坂神さんがすっくと立ち上がる。
「わたしはね……」
 そして……
「っ!」
 ふわっと、浮き上がる。
 そして、窓ごしの月が、坂神さんの体に透けるように見えた。
「この学校に、ずっと住んでるんだ」
「ゆ……幽霊?」
「うーん、近からず遠からずってとこかな」
 いたずらっぽく笑って、坂神さんが僕の前に降り立った。
「今まで何度もみんなと過ごしてきたけど、今年は雄貴くんがいるからかな……なんだか、楽しいんだ」
「ぼ、僕がいるから?」
「うん、そう。
 だから……感謝してるよっ」
 そして……
 坂神さんのくちびるが、僕のくちびるにそっと触れた。
「っ!」
「こんなことしかできないけど……これが、わたしのお礼」
 えへへっと、坂神さんが笑う。
「この学校には、いろいろな子がいて変かもしれないけど……これからも、よろしくねっ!」
「う、うんっ」
 僕は、ぼーっとしながらうなずいた。

 あったかいような、冷たいような……
 そんな感触が、ずっと僕のくちびるに残っていたから……



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