学園祭の準備はキスの味……?



 一時間後……陽が落ちて、外はすっかり真っ暗になっていた。
 時間は、午後6時。さっきから僕たちが取りかかり始めた絵はというと……
「東原、そこはもうちょっときれいに塗れよ」
「あ、そうだね。田村さんは、枝の細かいところを塗ってくれるかな」
「わかりました。坂神さんは、残りの線をペンで描いていってください」
「はいは〜い」
 こんな感じで、意外にも順調に進んでいた。
「おいしいね〜」
「……はい〜」
 教室の後ろのほうで、こんな声も聞こえてくるけど。
「すっかり陽も暮れちゃったね」
「ああ。とりあえず、絵だけはあともうちょっとで終わりそうだけどな」
「ま、この大きいものさえ終わらせればあとちょっとでしょ」
「そ、そうだね」
「……そうだったら良かったんですけど」
 坂神さんのお気楽な言葉を、田村さんが一気に打ち消す。
 なぜなら、僕たちの前にはまだまだ木材とかベニヤ板が残っているんだから。
「みんな〜、ごはん食べない〜?」
「おいしいですよ〜」
「誰が食うかっ!!」
 僕たちの心を代弁するように、黒部さんが風岡さんに言った。
「おいしいのにね〜」
「ええ〜」
 幸せそうな、2人の声。
「……あいつら、後で後かたづけでも全部やってもらうか」
 その声を聴いてか、黒部さんが妙にドスの効いた声でそう言った。
「そ、それは無理だって」
「でも、あの2人は実質ほとんどやってませんよ」
「まあ、春奈ちゃんはしょうがないかもしれないけど……」
 僕たちは振り返って、風岡さんのことをじーっと見た。
「この唐揚げももらうね〜」
「一個だけですよ〜」
 でも、まったく気付く気配もなくて、
『……はぁ』
 僕たちは、みんなしてため息をついた。
 6人の班のはずなのに、うち2人は戦力外。
 こんなことだったら、他の班から誰か手助けでもしてもらうんだったなぁ……
 でも、今さらそうボヤいても仕方ない。
 僕たちは気を取り直して、絵にまた取りかかった。
 後ろでするはしゃぎ声を、ちょっと恨めしく思いながら……

「ふぅっ」
 絵筆を置いて、田村さんがため息をつく。
「や、やっと終わった……」
「そうだな……」
「終わったね〜」
 へとへとになっている僕と黒部さんとは対照的に、坂神さんはほっとした表情でそうつぶやいた。
 目の前には、森の背景が描かれた模造紙が広がっている。
「えっと……今、何時だろ」
 ちらっと時計を見ると、もう7時半をまわろうとしているところだった。
「あちゃー、もうこんな時間か……」
「そろそろ、本当に帰らないといけませんね」
「……どうしましょうか〜」
 いつの間にか、野原さんも加わってどうしようかを思案し始めていた僕たち。
「にゅ〜……」
 風岡さんは、疲れて寝ちゃったみたいだし……
 目の前のベニヤ板と木材の山が、僕らの心に重くのしかかる。
「明日までに、間に合うのかなぁ」
「間に合わせるしかねーだろ。他の班の奴らにも迷惑がかかっちまうんだからな」
 柄にもなく、黒部さんが真面目なことを言う。
「明日早く学校に来ても、全部は間に合わないでしょうね」
「まだ家のセットとかが残ってるもんね。ドアとか、いろいろ……」
「どうしましょうか〜……」
 うーん……
「あのさぁ」
「ん? なんだよ」
「みんなは、早く帰ったほうがいいよ。もうこんな時間だし……あとは僕がやっておくからさ」
「……できるんですか?」
「んー、なんとかできるんじゃないかな」
「そんな、また根拠の無いことなんか言いやがって」
「でも、もっと遅くなったら、みんなのお父さんたちも心配するでしょ? 僕は家に電話を入れておくから、みんなは先に帰ってもいいよ」
 実際、僕の家はここからそんな遠くないし、あまり夜遅く帰ってもそんなに文句は言われないし……でも、他のみんなは女の子だし、もっと遅くなったら夜道も危ないもんね。
「そっか。なら、あたしはそろそろ帰らせてもらうぜ〜」
 そう言って、黒部さんが嬉しそうに立ち上がる。
「待ちなさいっ」
「わぁっ!! な、なんだよっ」
 黒部さんの背中の羽を掴んだ坂神さんが、ぎゅっと羽を引き寄せてまた座らせた。
「雄貴くんの申し出は嬉しいけど、ここまで来たらみんなでやったほうが早いんじゃないかな。
 遠い子はあとで先生に送ってもらったりすればいいんだし、雄貴くん一人だけっていうのも……ね」
 そう言って、坂神さんが僕のほうを見る。
「でも……大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、わたしは別に問題ないし。他のみんなは、どう?」
「えーと……私も、電話さえすれば問題はないかと」
「わたしも、だいじょうぶだとおもいます〜」
 みんながそう言うのを見て、黒部さんはばつの悪い顔で僕と坂神さんの顔を見比べた。
「……あたしはイヤだからな」
「麻夜ってば」
「だって、東原が帰ってもいいって言い出したんだぜ?」
「でも、こんなにまだ作業も残ってるのよ。わたしは残るつもりだけど……麻夜が帰って、それでも仕上がらなかったら、麻夜の責任だからね」
「風岡はどうなるんだよっ」
「あの子はあの子、麻夜は麻夜」
「ううっ……」
 ばっさりと黒部さんの言葉を切り捨てる坂神さんが……なんだか、格好良く見える。
「……ちっ、わーったよ。その代わり、どんな変な出来になっても文句を言うなよっ!」
 そう言うと、黒部さんはどっかりと座って、トンカチをまた手にした。
「では、やりましょうか」
「はいです〜」
 田村さんと野原さんも、ペンキ缶や紙ヤスリを手にする。
「さー、とっととやって帰るぞっ、ほらっ!」
「う、うん」
 黒部さんに睨み付けられて、僕は急いでベニヤ板と木材を手にした。
 でも……
「ふふふっ」
 坂神さんの笑顔を見たら、いやな気持ちとかそういうのが、全部吹っ飛んだ気がした。



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