学園祭の準備はキスの味……?






 とんとん、かんかん。

「ふうっ」
 トンカチを叩く手を休めて、僕はおでこの汗をぬぐった。
 そして、ふと打ったところを見ると、ぐにゃっと曲がった釘が……
 ……もう1回やり直しか。
 僕はトンカチの反対側にある釘抜きで、ひん曲がった釘を抜いた。
 そして、新しい釘をベニヤ板に打ち付ける。
 舞台のセット作りにベニヤ板とか材木とか使うなんて……ほんと、この学校って金持ちなんだなぁ。
 僕がいた前の学校なんて、ほとんど段ボールとかで済ましてたのに。
「おーい、東原。ちゃんとやってるか?」
「やってるよー」
 材木をかついだ黒部さんが、僕の後ろにやってきた。
 そして、肩越しに作っているセットを覗き込む。
「ふーん……なかなかいい具合に出来てんじゃん。東原にしては」
「そうかな?」
「こういう時ぐらいしか、役に立たないのかもしれないけどな」
「あのねぇ」
「まあ、がんばれや」
 黒部さんはそう言うと、後ろのほうに振り向こうした。
 その瞬間……

 ゴンッ!!

「ぐぁっ!」
「あー、すまんすまん」
 黒部さんの持っていた材木が、僕の後頭部に直撃した。
 あの、ほんっとーにシャレにならないぐらい、むちゃくちゃ痛いんですけど……
「ううっ……」
 涙目になりながら、僕は教室の床に横たわっていた。

 一ヶ月前、田村さんたちに強引に決められた学園祭での演劇の案は、信じられないことにそのまま通っちゃった。
 なんとか、みんなが言ってたシンデレラだけは回避できたけど……僕たちの班は、大道具作りのほうに回された。結局、大変さでは演技するのとほとんど変わりないってわけ。
 まあ、女装させられるよりはずっとマシだし、いいかなって思うことにした。
 そして、学園祭まであと1日。
 僕たちは、最後の追い込みに入っていた。

「雄貴くんっ」
「んー?」
 後ろからの声に、僕はそう返事した。
「こっちの作業、終わったわよ」
「あ、終わった?」
 僕は振り向いて、その子のほうを見た。
「うん、ちゃんと出来た」
 声の主は、坂神さん。今回は、僕と一緒に大道具の担当をしている。
「どれどれ」
 僕は立ち上がって、坂神さんについていった。
 そして、ちょっと大きめな木のハリボテの前に立つ坂神さん。
「ほらっ、これこれ」
 そう言って、坂神さんがハリボテをそっと触る。
 ちゃんと、木と葉っぱが描かれたハリボテになってる……うん、大丈夫かな。
「いい出来だよ、坂神さん」
「そう?」
「うん、これだったら大丈夫だと思うよ」
「よかったぁ……あまりこういうの、得意じゃなかったから」
「そうなの? それにしては上出来だと思うけどなぁ」
 少なくとも、僕よりも上手だと思う……切り方も、釘の打ち方も丁寧だし。
「お世辞を言ってもダメだよ」
「お世辞じゃないよ〜」
「なら、うれしいなっ」
 坂神さんが、にっこり笑う。
「それに比べて……」
 僕は、後ろを振り向いた。
「きゃははは〜っ!」
「わっ! そ、そんなの振り回すんじゃねぇっ!!」
 出来上がった大道具をおもちゃにして遊んでる風岡さんに、
「……ふぅ」
 教室の隅で一人、大きなランチボックスを広げている野原さん。
 そして……
「痛っ!」
 5分に1回は、必ずトンカチで手を打つ田村さん。
 ちゃんと作業をしているのは、僕と黒部さん、坂神さんぐらいだった。
「あ、あはは……」
「本当に、今日中に終わるのかなぁ……」
 苦笑する坂神さんの顔を見ながら、僕はふうっとため息をついた。
 窓の外を見てみると、陽も沈みかけている。本当だったら、もう帰らないといけない時間なんだけど……
「あとどのくらいで終わるのかなぁ」
「うーん、まだ半分以上残っていた気がするんだけど」
「半分以上って……」
「ほら、まだ模造紙に背景とか描いてないし」
「……帰れるのかな、ほんと」
 もう一度、ため息をつく。
「それじゃあ、模造紙のほうもやっちゃおうか?」
「うん、そうしよ」
 僕の言葉に、坂神さんがうなずく。
「あー、あたしも入れてくれ……」
「私もお願いします……」
 僕たちのところに、そう言って黒部さんと田村さんがやってきた。
 野原さんと風岡さんは……あ、一緒にお弁当食べてるや。
「そうだね……まずはこれからやろうか」
「ああ……」
「はい……」
「うんっ」
 普段は息の合わない僕たちだけど、さすがに今はそういうわけにもいかないし……やるしかないか。



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