ニュージーランドのムレイ・ハルバーグは、17歳のとき
ラグビーの試合で左半身麻痺の大ケガを負ってしまいま 
す。リハビリを続け少しづつ歩けるようになり、さらに 
走れるまでに回復し、5000mのランナーとしてトップの 
地位を築くまでになります。けれども、片側の腕でバラ 
ンスのとれたランニングをするだけで精一杯で、トップ 
ランナーたちの中で闘うオリンピックの決勝ではやはり 
まだまだ不利で、勝つ見込みはあまりなかったのです。 
そこで彼は最初の3周を全力で走るという珍しい作戦に 
でます。20mリードして最後の1周を迎えましたが、疲 
労もピーク、後から選手がどんどん追ってきます。彼も 
最後の力を振りしぼってラストスパート、2位のハンス 
・ゴロドスキーに1.2秒の差をつけて優勝しました。ス 
ポーツ史上に残る感動的な勝利でした。 
ウイルマ・ラドルフは小さい頃から小児麻痺になり、保護具を付けた生活を
しいられ、左足が使えないほどひどい状態にまで陥ったこともありました。 
当然、彼女がスプリンターとしてオリンピックで金メダリストになるとは、 
誰も思っていませんでした。けれども、彼女は驚異的な精神力でその障害を 
乗り越え、16歳で1956年のオリンピック代表に選ばれます。さらにローマ 
大会では、100mをみごとに0.3秒差で、200mは0.4秒差で、そして400mリレ 
ーでも優勝し、観衆を感動の渦に巻き込んだのでした。それ以降、その背 
が高く、美しく、優雅なスタイルからLa Gazelle Noir(黒ガゼル)と呼 
ばれました。