1900 Paris

 20世紀に世界の料理の頂点を極めたのはフランス料理だ。
 美食ガイドのミシュランやゴー・ミヨーはさながら料理界のバイブルである。
 しかし華麗なフランス料理ははるか昔から存在してきたかと言うと、実はそうでもない。
 前世紀にはまだ、装飾過剰の見せかけの料理がフランスでももてはやされていて、人々は大皿に盛り上げられた、 デコレーション・ケーキのような飾りつきの料理を取り分けて目から満足していたらしい。
 こうした中で前世紀に現われた料理人カレームは、それぞれの素材の持ち味を研究し、組み合わせの妙を見極め ようとした。
 ただし、彼の考案したあの有名な「ピエスモンテ」にもみられるとおり、プレゼンテーションに関しては彼も前 時代の感覚を引きずっていたと言える。
 そして1903年、天才エスコフィエが著した「料理ガイド」の時代に、ロシアでのやり方のように一人分づつ取り 分けて、完成したひと皿として供される、今日のフランス料理的サービスが完成するようになった。
 産業革命によって生産が拡大し、富裕階層が生まれ、また鉄道網の整備によって各地の食材が大都市にもたらさ れると共に、レストランの数は増え、王侯のような扱いを受ける料理店は繁盛しだした。
 エスコフィエの考案した「フォン」つまり「だし」が作り出す深い味わいは、それまでの料理に比べるとはるか に奥行きを持つもので、料理はこれによってより具体性のあるものへと急成長したのである。
 鶏の赤ワイン煮込み、フォアグラのソテー、鴨の果物ソース煮、さまざまな地方料理やまた遠来のカスピ海から のキャビア、季節もののトリュフなど、さまざまな食材がパリのキッチンによって美食に生まれ変わったのだ。
 自動車時代の始まりと共に、地方へ車で出かける人も増え、ミシュラン・タイヤ株式会社はタイヤ消費の拡大を 狙って、地方都市への美食と宿泊ガイドブックを1900年に発行。
 これによって地方のおいしさも人々の話題となって、フランスは一大美食国家となった。
 1900年こそはまさに、ガストロノミー元年として語り継がれるべき年だったわけだ。