1900 Paris

パリの北側にはふたつの丘があって、東寄りのビュット・ショーモンと、もうひとつがモンマルトル。ビュット・ショーモンには、その名も「美しき町」=ベルビルという界隈があって、そちらは上流階級の別荘地として発展したところ。モンマルトルの丘の方は、ブドウを作る農家もあったり、まだのどかな風景がそういう中にあるね。シャンソンが聴きたいならラパン・アジル亭に案内しましょうか。
  丘には画家や詩人がたくさん暮らしてるけど、近頃は町の不良の連中が、まるで湧くみたいに増えてね。こちらじゃ奴らのことをアパッシュと呼ぶんです。ベルビル大通りあたりを縄張りにして、やりたい放題。なにかというとナイフを持ち出すから、近寄らない方がよろしい。アパッシュってのは、アメリカ・インディアンのアパッチ族からいただいた名らしいが、本家のアパッチ族が聞いたら怒っちゃいますよ。
  このあたりには、ワインを商う店もけっこうあって、きつい坂を馬車が登り、手廻しエレベーターで地下の酒蔵に大きなワイン樽を降ろしてね。それを店の内側のエレベーターで上げて、カウンターで売る。一杯飲みもあって安いんだ、これが。
  画家のユトリロさんが住んでるバラ色の壁の家やら、ゴッホがオランダから出てきてアルバイトしてた画廊やら、洗濯船というアトリエじゃピカソが大作を描いてますよ。 もっと昔のことだと、三世紀のある日、聖者サン・ドニがこの丘で首をはねられたんだけど、池で自分の首を洗って、スタコラ丘の向こうまで6キロも歩いたんですと。また1811年にはプロシア軍を撃退した兵士と民家が、それまでの体制に反対する連帯感情をこの丘で生み、パリ・コミューンが成立したりね。
  いろいろな物語を生んだこの丘には今、新しい映像物語を作り出す、パテ社の撮影所があります。美しい役者さんにばったり出会えるかも....しれませんね。