- 1. テーマ
- 2050年の高校生のある一日
- 2. 内容
- 2050年の京都はどのようになっているのでしょうか。
ある京都市伏見区在住の高校生の生活を見てみましょう。
1990年以降情報化社会が急速に進み、2020年には一人に一台の割合でパソコンをもっているのである。
そして、手紙のやり取りはすべて電子メールでやり取りされる。郵便局はすでに特殊な郵便物しか扱わなくなる。
一人一台のパソコンをもつことから学校では教科書はなくなり、一枚のDVD−RAMに教科書の内容が凝縮され、 DVD−RAMは書き込み可能なことからノートも一緒にかねている。
だから、学校には小形の端末パソコンとDVD−RAM一枚をもっていくだけでよいのである。
コンピューター社会がもたらすいいところは教育だけでなく、社会にもより便利なようになる。
例えば、電車などの運賃は、すべての鉄道会社やバス会社などで使える一枚のカードですむようになり、 すべて指定の口座から引き落とされるのである。
家庭から一台の端末でなんでも手に入るようになっているのである。
それでは、2050年の京都から大阪へ行ってみましょう。
家から歩いてバス停へ、バス停ではたくさんの人がまっている。
「相変わらず、こんどるなー!」やがてバスがやってきて人々は乗り込む。
この時代のバスは、ガソリンエンジンという地球に悪い物は使わなくなり、電気の力で走るようになっている。
81系統は立体交差化されて信号のなくなった竹田街道をすいすいと走っていく。
京都市内の中心部では、景観などに対する保全から道路の立体交差化は行われず、四条通りではまだ信号が残っているが、京都市内から郊外へ延びる幹線道路は立体交差化されて渋滞はほぼなくなったのである。
このようなことからバスは電車と同じくらい定時運行が出来るようになり客足は増えた。
約20分くらいで京都駅に着いた。降りるときに運賃は一枚のカードを読み取り機に入れて降りる。
烏丸口には昔景観論争でもめた京都駅ビルが今だドーンとかまえている。そしてJRに乗り換える。
改札機はすべて自動改札で、さっき入れたのと同じカードを改札機に入れる。
JR京都駅は昔のままの地平ホームだけでは手狭になり、いまは3階建ての駅になったそうである。
一階からは湖西線と奈良線、嵯峨野線の電車がそれぞれ5分おきに発着している。
そして2階は広いコンコースがありたくさんの人々が往来している。
JR京都線の電車はすべて3階のホームからの出発である。 のどが渇いたのでジュースを買う。自動販売機も一枚のカードで買えるようになっている。
36番線に10時30分発新快速姫路ゆきが入ってきた。JR京都線も琵琶湖線も新快速、快速がそれぞれ10分おきに、普通電車が約5分おきに発車している。 今では電車の運転はコンピューターによって自動的に行われ、運転手は万が一の時のために運転席に乗っている。
電車に乗り一路大阪へ。西大路や向日町、長岡京周辺には京都市内中心部から離れているために高層ビルや高層マンションなどが建ち並び、田んぼや畑はほとんどなくなってしまったのである。
このように沿線開発が進み、JR京都線は15分間隔の不便なダイヤでは追いつかなくなったのである。
沿線の駅ではたくさんの人が見受けられ、電車を待っている。線路には関空特急「はるか」が15分おきに走っている。昔ながらの風景が残る京都を求めて、日本中からだけでなく海外からもたくさんの人々が毎日京都を訪れている。
京都と奈良は日本でただひとつ昔からの風景が残っている街なのである。
電車のなかで雑誌を読むことにした。今の新聞や雑誌は紙ではなくなり、すべて一人一台のパソコンから端末できるようになっているのである。
エリア情報によると、「大阪のでんでんタウンに新しくパソコンの店がオープン明日まで記念セール実施中!」とのこと。
そのときケータイがなった。彼女からだ。
「Tobi chan今どこ?」
「今吹田あたりや。」
「あんた、また一本乗り遅れたやろー。ええかげんにしいや。ほんまに。」
「ほっといてんか。」
「環状線のホームで待ってるしきてやー。」
「わかった、わかった。心配すんなちゃんと行くし。」
そして、そうこうしているうちに29分で大阪駅に到着。 この時間は80年間全く変わらないそうだ。
なぜ変わらないかというと、一度はスピードアップを試みたが 沿線開発が進み電車の本数が増えてダイヤが過密になって失敗に終わったかららしい。
環状線のホームへ行って、彼女を捕まえる。
「ったくもう!デートに遅れるなんてなんてやつや。」
「ほっといてんか。バスが遅れたんや。しゃーないやろ。」
「今日のところは許しといてあげよう。後で覚悟しいや。」
「わかった、ほな、行こか。」
乗ったときに入れたカードを再び改札機に入れて運賃を引き落として出る。
今日の大阪はいい天気である。
2050年の京都から大阪への旅はどうでしたか?コンピューター社会がもたらした 最先端の技術と昔からの伝統がうまく融和した都市が、京都の2050年の姿であっ てほしいとぼくは願っています。
みなさんからの提案をお待ちしています。
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