ペルーアンデス
アンデスは、南アメリカの太平洋の顔を形成しており、北はコロンビアから南は大陸の先端のTierre del fuegoまでのびている。ペルーのアンデスはいくつもの平行な山脈や高い山々によって成り立っている。インカの支配者達がクスマ、サクサヒュアマン(太陽の神殿)、オリャンタイタンボ、そしてマチュピチュのような儀式的かつ行政的な中心を建造したのは、険しい峰や広い高原にある中央ペルーアンデスである。スペイン人が着く以前にはインカ帝国では置き時計、水道、肥料(海鳥のふんからつくられた)農業用テラスなどが発明され、金属が使用された。しかしながら、彼らはまだ車輪を発明していなかった。この事実は彼らが車輪の助けなしで険しい山腹にある遠くの石切場から、巨大な一枚岩や大丸石を運ぶことによって巨大な岩の建物を建造することが出来たという事について知ると、ますます驚くべきことである。”ペルー征服”という、古代インカの物語の著者であるプレスコットは太陽の神殿の岩は”長さ38フィートで幅18フィートそして厚さ6フィート”であると書いている。さらにもっと印象的なのはそれらの巨大な岩がモルタルを使わずにぜんまい仕掛けのようにぴったり合わさっているという事実である。原始のインカ帝国の人々の先祖はクチュア語を話すインディアンで引き続きアルティプラノに住んでいる。彼らは今日では多くの近代的で便利なものを持っている。例えばラジオであり、場合によっては電気でありテレビであり電話であり多くのケチュアの地域では基本的な物資については昔よりも現在に近くなっている。
人々は引き続きじゃがいもーその起源は南アメリカのこの地域である。ーと、とうもろこしと、西洋トウナスーこの2つの食物用殻物は新世界が起源であり、後に植民地を通じて、地球上の他の地域へと分散したーを栽培している。彼らはまた羊、リャマそしてアルパカを育てている。これらの長く、細い足を持ち、濃い毛でおおわれている後者の動物は、寒く、厳しいアンデスの気候にうまく適応している。彼らは女性たちが暖かい毛布やジャケットや他の物に使うその毛によって貴重とされているだけではなく、狭い山道を重い荷物を運ぶ動物としても働いている。最後にリャマとアルパカの肉は宗教的な儀式での神への、特にパチャママという大地と豊作の女神への動物のいけにえとして使われている。
ナンシー C. ルットキハウス
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